- 2 :名無しさん 17/05/13 19:40 ID:4FLL_tcoUk
(・∀・)イイ!! (3) - 鉄壁に興味無い俺カッコイイ
- 3 :名無しさん 17/05/13 19:40 ID:cTEuJ0WZFp
(・∀・)イイ!! (2) - 越すに越されぬ大井川
- 4 :名無しさん 17/05/13 19:45 ID:2QMzCr7-QR
(・∀・)イイ!! (1) - NHK見てるだろ
- 5 :名無しさん 17/05/13 19:48 ID:pfr,i875SR
(・∀・)イイ!! (1) - 元和5年(慶應マイナス246年)に箱根関所が設けられてから、慶應5年に公的な関所制度の廃止が布告されるまでの約250年間で、関所破りがたった6名しかいないとは、少なすぎるとの指摘もある。これは、「薮入り」という制度が原因である。
「関所破り」は、故意に関所以外の場所を通過して藩境を越えようとした者に対する罪であり、磔刑以外の処罰はあり得なかった。一方、「薮入り」とは、故意ではなく、誤って(過失により)関所以外の場所を通過して藩境を越えようとしてしまった者に対する罪であり、通常は没収や追放などの軽い処罰(生命を奪うことに比べれば軽い、というだけの意味だが)が科されていた。
当時の箱根関所の役人達は、この「薮入り」をうまく活用したのである。関所破りが余りにも大量に発生してしまうようだと、その関所の役人達が資質を疑われてしまうため、実際には故意による関所破りであっても、薮入り――即ち、“意図的に関所破りをしようとしたのではなく、道に迷ったなどの過失によるものである”と看做して扱っていたのだ。自らの保身に走った役人の不埒であるとも言えるが、地元では“温情”とか“お目溢(こぼ)し”として捉えられている。現在の関所役人の優しさも、おそらくはこの流れを汲むものなのであろう。
http://ja.uncyclopedia.info/wiki/%E7%AE%B1%E6%A0%B9%E7%94%BA#.E7.AE.B1.E6.A0.B9.E9.96.A2.E6.89.80
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