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9月30日 14時26分終了#123759 [ネタ] オバケ

ID:xRXO9Vk7tf (・∀・)イイ!! (6)

オバケって本当にいると思いますか?

1ちょっと! 何言っているのか分からない!12(4.8%)
2いるわけないじゃん20(8%)
3たぶんいないと思う30(12%)
4いないんじゃないかな?34(13.6%)
5まあちっと覚悟しとけ52(20.8%)
6いるよ33(13.2%)
7実は私はオバケなんだ13(5.2%)
9モリタポ45(18%)
8任意11(4.4%)
無視0

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「任意」の内容

  • 8aa (9月29日 8時54分)
  • 8b3 (9月29日 8時54分)
  • バス (9月29日 9時25分)
  • 幽霊はいるよ (9月29日 9時45分)
  • a44 (9月29日 10時49分)
  • 少なくともまだ見たことは無い (9月29日 10時58分)
  • 定義次第 (9月29日 12時39分)
  • 高市早苗 (9月29日 15時21分)
  • 寝ぼけた人が見間違えたのさ (9月29日 18時51分)
  • ポポの唾液でコーヒー入れたい (9月29日 18時57分)
  • そもそも「オバケ」とは何か。この語は日本語において、死者の霊魂や未練を残して現れる存在、あるいは正体不明の異形のもの全般を指す言葉として用いられてきた。西洋で言うところの「ゴースト」や「スピリット」、あるいは「ポルターガイスト」などに近いが、日本語の「オバケ」には必ずしも亡霊に限定されない幅広い意味が含まれている。妖怪や怪異といった存在もまた「オバケ」と総称され得るのである。したがって「オバケ」を定義するならば、それは【人間の知覚や理性では説明できない現象を、人格的・霊的なものとして表象化した存在】というのが最も妥当であろう。
    人類史を振り返ると、「オバケ」に相当する観念はきわめて古くから存在してきた。旧石器時代の遺跡には埋葬の痕跡が見られ、死者に対する特別な配慮が行われていたことが明らかになっている。これは単に衛生上の理由ではなく、死者の魂が生者に影響を及ぼすと信じられていたからであり、ここにすでに「オバケ」の萌芽がある。古代メソポタミアやエジプトでは、死後の世界が詳細に想像され、葬送儀礼や霊魂観が体系化された。エジプトの『死者の書』などは、死者の魂が冥界を旅し、裁きを受けるという物語を伝えているが、同時に生者の生活に干渉しうる霊的存在への畏怖も刻まれていた。◆ギリシアやローマにおいても、死者の魂はしばしば生者に影響を与えると考えられた。古典文学には亡霊が登場し、生者に訴えかけたり、未来を示唆したりする場面が多く見られる。これは単なる迷信ではなく、哲学的思索とも結びついていた。プラトンの『国家』や『パイドン』では魂の不滅が論じられ、魂の存在は哲学的に正当化されていたのである。死者の魂をめぐる議論は、やがてキリスト教において天国や地獄の体系へと発展し、霊魂や幽霊は宗教的実在として扱われた。◆中世ヨーロッパにおいては、オバケに相当する存在はしばしば悪魔や地獄の亡者として解釈された。ここには宗教的権威による教化の意図があった。すなわち、説明不能な現象や恐怖を「悪しき霊の仕業」とみなすことで、人々を信仰と規律に従わせる装置として機能していたのである。人間理性がまだ自然現象を解明できない時代において、「オバケ」は未知の領域を埋めるための概念装置であったといえる。◆日本に目を向けると、古代から霊魂観は豊かに展開していた。『古事記』や『日本書紀』に描かれる神話には死者の霊が登場し、怨霊信仰は平安時代に頂点を迎える。菅原道真の祟りや崇徳院の怨念は、国家や社会を揺るがすものと考えられ、人々はこれを鎮めるために神格化し祀り上げた。つまり「オバケ」は恐怖の対象であると同時に、祭祀や信仰を通じて共同体の秩序を維持する機能を果たしていたのである。江戸時代には怪談が大衆文化として広がり、幽霊画や怪談話は娯楽の一部となったが、背後には「死者が生者に干渉する」という古代以来の感覚が色濃く残っていた。◆近代に入り、科学が自然現象を説明する力を増すと、オバケは次第に非合理の象徴とみなされるようになった。しかし完全に消滅することはなかった。むしろ心理学や社会学が発展するにつれ、「オバケ」は人間の不安や無意識の表象として再解釈されるようになったのである。フロイトは「抑圧されたものの回帰」として怪異現象を説明し、ユングは集合的無意識の象徴として幽霊譚を読み解いた。ここには、科学的合理性の時代においても人間がなお恐怖や超越的なものを必要とするという逆説が見える。
    さて、「オバケが存在するか否か」という問いに進もう。論理学の観点から言えば、この問いは「悪魔の証明」の典型である。すなわち「存在しないこと」を証明するのは不可能である。存在を肯定する側は一つでも実例を挙げればよいが、否定する側は宇宙のあらゆる場所と時間にわたってオバケがいないことを示さねばならず、それは論理的に実行不可能である。したがって「オバケは存在しない」と断定することはできず、「存在する」と断言することもまた実証を欠いている。結局のところこの問いは証明不能であり、信仰や主観の領域に属するのだ。◆この構造は「神の存在」をめぐる議論と全く同型である。神の存在を証明する試みは古来繰り返されてきたが、いずれも論理的には決定打を欠いている。同様に、オバケの存在も実証は不可能であるが、それを信じる人にとっては確固たる現実であり続ける。ここで重要なのは、存在が客観的に証明されるか否かよりも、信じる主体にとって意味を持つかどうかである。あなたがオバケの存在を信じ、その存在を前提として世界を解釈するならば、オバケはあなたの中で確かに「存在する」と言えるのである。
    オバケとは人類が理性と感情の間で生み出した観念的存在であり、歴史の中で恐怖や畏敬、秩序や娯楽といった多様な役割を果たしてきた。存在を実証することは不可能であるが、その信仰は人間社会に深く根差している。結局のところ、「オバケが本当にいるのか」という問いに対する最終的な答えは、個人の信じ方に依存する。「お前がそう思うんならそうなんだろう、お前ん中ではな」。この言葉こそ、オバケの存在論に対する最も的確な総括なのである。 (9月29日 20時2分)

合計回答数: 250人 / 250個

このアンケートにはNGワード「水樹」「Louise」「ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール」「ぬるぽ」「そんな事より」「能登かわいいよ能登」「nothing is」が設定されていました。

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2 :名無しさん 25/09/29 09:25 ID:a-v7vy5xGR (・∀・)イイ!! (2)
所詮精神疾患を患った者達の戯言


3 :名無しさん 25/09/29 10:16 ID:1597oB70go (・∀・)イイ!! (1)
蛇とカエルマジで邪魔
今後も出てくるんか?


4 :名無しさん 25/09/29 10:59 ID:oiN2S-r0sb (・∀・)イイ!! (1)
テレビで見たよ


5 :名無しさん 25/09/29 12:51 ID:nMy7994Nfc (・∀・)イイ!! (1)
バケらった


6 :名無しさん 25/09/29 16:56 ID:oJscBhRDJF (・∀・)イイ!! (1)
自慢じゃないけど、マジで心霊写真2枚持ってます...
1枚は1977/7/下旬撮影 もう1枚は今年4月末撮影

実は今年5月頭から体調に異変を感じ、8月に10日ほど入院してました...
信じる/信じないは皆様のご判断に任せますが、自分は霊は信じております...


7 :名無しさん 25/09/29 20:14 ID:P8UXXK0G0S (・∀・)イイ!! (1)
寝ぼけた人が、見間違えたのさ!


8 :名無しさん 25/09/29 23:03 ID:5I2JU,fvZI (・∀・)イイ!! (1)
うちがお化け屋敷呼ばわりされているということはだな・・・


9 :名無しさん 25/09/29 23:51 ID:-r4CYVvmtb (・∀・)イイ!! (1)
ばけばけ面白かった


10 :名無しさん 25/09/30 00:33 ID:,9meo.izdM (・∀・)イイ!! (1)
>>1
朝ドラばけばけ見てるでしょ!


11 :名無しさん 25/09/30 05:31 ID:T2MkZrIXFt (・∀・)イイ!! (1)
>>6
それ見てみたいな
デジカメ時代になって本物がちっとも見れなくなった


12 :名無しさん 25/09/30 05:45 ID:nz9Y,ZdcrK (・∀・)イイ!! (1)
さだまさしが多すぎる(´・ω・`)


13 :名無しさん 25/09/30 06:15 ID:CabukIZmPa (・∀・)イイ!! (1)
お化けなんてないさ、お化けなんて嘘さ


14 :名無しさん 25/09/30 06:17 ID:NpSE0UX5NH (・∀・)イイ!! (1)
たぶんいないと思う


15 :名無しさん 25/09/30 08:06 ID:Gnxo3.22aC (・∀・)イイ!! (1)
>>10
うんw


16 :名無しさん 25/09/30 09:58 ID:9C-L91YcHq (・∀・)イイ!! (1)
 小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)は、自ら聞き取った民間伝承や妻・節子の語る話、古い文献を素材にして怪談を再話しました。彼は単なる「こわい話の蒐集者」ではなく、聞き手の恐怖や悲しみ、道徳的因果を物語の中心に据え、怪異を語ることでその社会的・心理的意味を浮かび上がらせようとしました。したがって彼の文章では、幽霊が「本当にあった」かどうか以上に、その経験が人々の心にどう残るか、暮らしの中でどのように機能しているかが問題になっています。

 八雲は日本の習俗や宗教的感情(神・精霊や先祖の存在を前提とする感覚)に強い興味を示しており、怪談を日本文化の「宗教的/アニミスティック(精霊信仰)的表現」として理解しました。彼は幽霊話を単なる迷信扱いせず、自然観や死生観が反映された「人々の世界の見方」として評価しています。そういう意味で、幽霊は文化の内部で“実在”するものと見なされています。

 八雲自身は幼少期からゴシック的な恐怖や幽霊譚に親しんでおり、実際に妻の語る怪談を聞いて強く怖がったといった逸話も残ります。彼の作品には、その「怖がり」「怖れる快感」が色濃く滲んでいて、文学的に恐怖体験を再現・強調する手腕が見られます。だから作品世界では幽霊は非常に“リアル”に語られますが、これは必ずしも科学的主張ではなく、むしろ体験の再現と表現としてのリアリティです。


17 :名無しさん 25/09/30 09:59 ID:9C-L91YcHq (・∀・)イイ!! (1)
 八雲は欧米の読者に向けて日本の伝承を紹介する際、可能な限り原話に忠実に語りつつ、解説や比較文化的な考察を加えました。彼の語りぶりはときに詩的・神秘的ですが、注釈や前書きでは伝承の出所や類型について学術的に触れており、「これはこういう伝承である」という説明をする姿勢が一貫しています。つまり彼は「この話が本当に起きたか」を無条件に宣言するより、伝承の意味づけやそれが示す心性を問題にしました。

 八雲にとって幽霊は、「本当にいると思いますか?(いる/いない)」のような、物理世界の“事実”であるか否かという単純な二分法で扱うものではありません。幽霊は人々の感情・記憶・倫理・宗教観が具現化したものとして「実在」しうるし、また作家としてはその実在感を文学的に増幅させることを厭わなかった――というのが現代の研究者にも共有されている見方です。

 彼の作品を読むときは、「八雲は物理的に幽霊の存在を証明しようとしたのか」ではなく、「幽霊を通して人々(または彼自身)が何を感じ、何を語ろうとしたのか」を手がかりにすると、理解が深まります。


18 :名無しさん 25/09/30 13:06 ID:XbEF,Ks7xO (・∀・)イイ!! (2)
>>11
デジカメ時代では、「何も無いところで顔認証される」って形で現れる


19 :名無しさん 25/09/30 21:35 ID:7lJIoZJDvq (・∀・)イイ!! (0)
>>18
何の話だ?
デジカメで撮れた心霊写真が見たいと言ってる
よくそんな的外れで自己中なレスができる


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