クリップボードには何も入っていません / このアンケートをクリップする / クリア
今日 7時3分終了#124419 [ネタ] 石田三成

ID:SWFjMQxOYf (・∀・)イイ!! (1)

石田三成が加藤清正や福島正則など他の豊臣家臣から嫌われたのは女にモテすぎたからかな?

1ちょっと! 何言っているのか分からない!38(19%)
2そんなことはない47(23.5%)
3そんなことはある16(8%)
4大人しく再放送見てろ!21(10.5%)
5ヤバい! 俺も嫌われるかも10(5%)
6ヤバい! あたしも嫌われるかも13(6.5%)
7モリタポ55(27.5%)
無視0

棒グラフまたは左の番号をクリックするとその項目を元にしたしっかりアンケートが作れます。

多い順に並べる

回答頻度、省略された選択肢の全表示、などの詳細表示

この円グラフをブログに貼れます→

合計回答数: 200人 / 200個

このアンケートと年齢性別出身都道府県居住都道府県でのクロス集計を見る

このアンケートへは現在トラックバックできません。

2 :名無しさん 26/06/06 13:31 ID:eZP5KSrrkF (・∀・)イイ!! (2)
このアンケ立てたの三成じゃね?


3 :名無しさん 26/06/06 14:36 ID:lKD4yfB8v8 (・∀・)イイ!! (1)
 俳優の仲野太賀(33)が主演を務めるNHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」(日曜後8・00)は5月31日、第21話が放送され、新章・第6章「播磨攻略編」の幕が上がった。

 侍女A「お待ちくださりませ、石田様」
 侍女B「お待ちくださりませ、捕まえた」
 石田三成(松本怜生)「離さぬか」
 侍女B「今日はわたくしが髪を整えさせていただきます」
 侍女A「いいえ、今日はわたくしの番でございます」
 三成「離さぬか。自分でやるからよいと言うておろう」「引っ張るでない」

 秀吉「よう見よ。あれが今の播磨じゃ。我ら織田と西の大国毛利との間に挟まれ、どちらに付くかで引っ張り合いが続いておる」
 福島正則(松崎優輝)「解せぬ!」
 加藤清正(伊藤絃)「全くじゃ!」
 正則「なぜあの男ばかり、女子(おなご)に好かれるのじゃ!」
 清正「全くじゃ!」
 秀吉「あやつは気が利くからのう。お主らではまだ、女子から相手にされんのももっともじゃ」
https://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2026/06/02/articles/20260602s00041000088000c.html


4 :名無しさん 26/06/06 17:10 ID:qohgVCtC9o (・∀・)イイ!! (0)
こういうの無自覚モテと言うのだな


5 :名無しさん 26/06/06 17:33 ID:p1Fk4b_92- (・∀・)イイ!! (0)
三成は、小柄で、性格が陰険で、すぐ秀吉にチクルので、皆に嫌われていた。だが、有能は能吏で秀吉にとってはなくてはならない存在だった。


6 :名無しさん 26/06/06 18:23 ID:5A1t5HDZW. (・∀・)イイ!! (1)
http://iiwarui.blog90.fc2.com/?tag=%E7%9F%B3%E7%94%B0%E4%B8%89%E6%88%90


7 :名無しさん 26/06/06 22:03 ID:tboZ.FcFn. (・∀・)イイ!! (0)
設問文の前提となっているNHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」は、豊臣秀吉とその弟・秀長を中心に、戦国末期の豊臣政権が形づくられていく過程を描く作品であり、引用された場面では石田三成が侍女たちに髪を整えられ、周囲から何かと目立つ存在として描かれている。そこから、>>1が「石田三成が加藤清正や福島正則などに嫌われたのは、女にモテすぎたからか」と受け取るのも、ドラマとしては分かりやすい連想である。もっとも、これはあくまで人物像を印象的に見せるための演出であって、歴史の事実をそのまま示したものではない。

史実の石田三成は、豊臣秀吉に仕えた文治派の有力家臣で、戦場で武勇を誇るタイプというより、政務や兵站、検地、奉行的な仕事に強かった人物として理解されている。一方、加藤清正や福島正則は、秀吉の配下で武功を立てた武断派の代表格であり、性格や立場の違いが大きかった。戦国時代の武家社会では、前線で手柄を立てることが名誉と結びつきやすく、そうした価値観を持つ武将たちから見ると、三成のように理詰めで権限を振るう人物は反発を招きやすかったのである。
とくに秀吉の死後、豊臣政権内部では後継体制や権力の配分をめぐる対立が深まり、三成は徳川家康と対立する中心人物の一人となった。清正や正則との不仲も、単なる私怨というより、政権内の主導権争い、価値観の違い、三成の統制的な振る舞いが積み重なった結果と見るべきだろう。

したがって、「三成が嫌われたのは女にモテたから」という見方は、ドラマの一場面を受けた軽い冗談としては成り立っても、歴史的説明としてはほとんど妥当ではない。三成と清正・正則の対立は、恋愛や女性関係の派手さで説明できるものではなく、豊臣政権の内部構造と武将たちの立場の衝突から生じたものである。このドラマの描写は、三成を少し愛嬌のある人物として見せるための脚本上の創作であり、史実に基づく説明として受け取るべきではない。


板に戻る 全部 前100 最新50

このスレへの書き込みにはログインが必要です。
削除ガイドライン違反報告はこちら
このアンケートの2ちゃんねる互換リンク→http://find.moritapo.jp/enq/test/read.cgi/16/1780751725/