2 :名無しさん 26/10/03 16:10 ID:1aV9aWM.qY (・∀・)イイ!! (1)
酒を飲み、肉や魚を喰らい、嫁や子供までいる
そして外車に乗っているのが現代の生臭坊主


3 :名無しさん 26/10/03 16:14 ID:Zb5OzOgzgD (・∀・)イイ!! (1)
>>2
現代でなくても市井の坊主はずいぶん前からそうだったと思う


4 :名無しさん 26/10/03 17:09 ID:emLueBcHOX (・∀・)イイ!! (1)
バブル時代の織田無道は「テレビが作ったさいきょう生臭坊主」だった
今でもあのイメージだけで僧侶を差別する人がいるので犬作先生教の教義が広まってるなあと思う
実際、反社が僧籍取ってNPO作ったりしてた頃はあった
今は聖書系宗教のNPO取得の方が勢いやばいけど、そっちはあまり触れられてない


5 :名無しさん 26/10/03 17:21 ID:rAmf9Br80s (・∀・)イイ!! (1)
お寺への寄進を怠ると仏罰が下る。そんなことを本気で心配する必要はない。なぜなら、仮に神や仏が人間からの寄進を望んでいるのだとしても、寄進を怠った人間にわざわざ罰を与えるというのは、あまりにもコストパフォーマンスもタイムパフォーマンスも悪い行為だからである。

そもそも、神や仏が人間から寄進を集めたいと考えているのなら、何をすれば最も効率よく寄進を集められるか、よく考えてみるべきだろう。寄進をしていない人間を探し出し、わざわざ罰を与え、病気にしたり、事故に遭わせたり、不幸な目に遭わせたりする。そんなことをして、一体何になるというのだろうか。

もちろん、罰を受けた人間が「これは仏罰に違いない。次からはきちんと寄進しよう」と考えてくれれば、多少の効果はあるかもしれない。しかし、罰を受けた人間が必ずしもそう考えるとは限らない。「こんなひどい目に遭わせるような仏など信じるものか」と、信仰そのものを捨ててしまう可能性だってある。そうなれば、今後その人間から寄進を受け取る機会まで失ってしまう。これでは、せっかく罰を与えたのに、長期的には損失を生むことになりかねない。

それよりも、既にある程度の寄進をしてくれている人間を大切にするほうが、はるかに効率的である。例えば、毎年欠かさず寄進をしてくれる人間に対して、商売が繁盛したり、病気が治ったり、宝くじが当たったりといった幸運を与える。あるいは、本人がそうした幸運を仏のおかげだと思えるような出来事を、絶妙なタイミングで起こす。そうすれば、その人間は「これも日頃の信心のおかげだ」と喜び、翌年は去年よりも多く寄進してくれるだろう。

さらに、その人間が周囲に「私は毎年お寺に寄進しているおかげで、こんなに良いことがあった」と自慢してくれれば、話を聞いた人間まで寄進を始める可能性がある。つまり、一人の寄進者に利益を与えるだけで、本人からの寄進額が増えるのみならず、新たな寄進者まで獲得できるかもしれないのである。これは実に効率の良い投資と言える。


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