- 5 :名無しさん 26/10/03 17:21 ID:rAmf9Br80s
(・∀・)イイ!! (1) - お寺への寄進を怠ると仏罰が下る。そんなことを本気で心配する必要はない。なぜなら、仮に神や仏が人間からの寄進を望んでいるのだとしても、寄進を怠った人間にわざわざ罰を与えるというのは、あまりにもコストパフォーマンスもタイムパフォーマンスも悪い行為だからである。
そもそも、神や仏が人間から寄進を集めたいと考えているのなら、何をすれば最も効率よく寄進を集められるか、よく考えてみるべきだろう。寄進をしていない人間を探し出し、わざわざ罰を与え、病気にしたり、事故に遭わせたり、不幸な目に遭わせたりする。そんなことをして、一体何になるというのだろうか。
もちろん、罰を受けた人間が「これは仏罰に違いない。次からはきちんと寄進しよう」と考えてくれれば、多少の効果はあるかもしれない。しかし、罰を受けた人間が必ずしもそう考えるとは限らない。「こんなひどい目に遭わせるような仏など信じるものか」と、信仰そのものを捨ててしまう可能性だってある。そうなれば、今後その人間から寄進を受け取る機会まで失ってしまう。これでは、せっかく罰を与えたのに、長期的には損失を生むことになりかねない。
それよりも、既にある程度の寄進をしてくれている人間を大切にするほうが、はるかに効率的である。例えば、毎年欠かさず寄進をしてくれる人間に対して、商売が繁盛したり、病気が治ったり、宝くじが当たったりといった幸運を与える。あるいは、本人がそうした幸運を仏のおかげだと思えるような出来事を、絶妙なタイミングで起こす。そうすれば、その人間は「これも日頃の信心のおかげだ」と喜び、翌年は去年よりも多く寄進してくれるだろう。
さらに、その人間が周囲に「私は毎年お寺に寄進しているおかげで、こんなに良いことがあった」と自慢してくれれば、話を聞いた人間まで寄進を始める可能性がある。つまり、一人の寄進者に利益を与えるだけで、本人からの寄進額が増えるのみならず、新たな寄進者まで獲得できるかもしれないのである。これは実に効率の良い投資と言える。
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