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12月4日 19時50分終了(残り729時間54分)#124698 [文化] 江戸絵画[未回答→回答する]

ID:d,cW9RddmC (・∀・)イイ!! (9)

あなたが好きな江戸絵画の絵師は誰ですか?(3人まで選択可)
※「名前を聞いたことがある」「作品を見たことがある」という理由で選んでもOKです!
※選択肢にない場合はコメント欄にお書きください。
 

選択肢: 1:岩佐又兵衛 2:菱川師宣 3:鈴木春信 4:鳥居清長 5:喜多川歌麿 6:東洲斎写楽 7:葛飾北斎 8:歌川広重 9:歌川国貞 10:歌川国芳 11:河鍋暁斎 12:月岡芳年 13:狩野探幽 14:俵屋宗達 15:尾形光琳 16:酒井抱一 17:鈴木其一 18:円山応挙 19:長沢芦雪 20:伊藤若冲 21:曾我蕭白 22:与謝蕪村 23:司馬江漢 24:亜欧堂田善 25:特にいない 26:モリタポ

合計回答数: 190人 / 321個 ※複数回答可能なアンケートのため、回答の合計が回答人数と異なる場合があります。

このアンケートと年齢、性別、出身都道府県、居住都道府県でのクロス集計を見る

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3 :名無しさん 26/11/03 20:42 ID:-BclM5YJTD (・∀・)イイ!! (2)
鉄棒ぬらぬら先生かな


4 :名無しさん 26/11/03 20:54 ID:GsD8e9CldL (・∀・)イイ!! (1)
えっど絵の絵師なら


5 :名無しさん 26/11/03 21:14 ID:qKd80CXPBY (・∀・)イイ!! (3)
3個に絞るから石燕が入らねえじゃねえか!


6 :名無しさん 26/11/03 23:41 ID:Pyx-JaEap_ (・∀・)イイ!! (1)
知らんわ〜 画狂老人卍しか知らんわ〜


7 :名無しさん 26/11/03 23:42 ID:NioBnnBZhS (・∀・)イイ!! (1)
幸野楳嶺


8 :名無しさん 26/11/04 02:57 ID:0yhLW8Qd3m (・∀・)イイ!! (1)
鉄棒ぬらぬら先生かな…


9 :名無しさん 26/11/04 02:58 ID:0yhLW8Qd3m (・∀・)イイ!! (1)
見ずに書き込んだら
>>3とダブっていた
この名前が特に好きな人は多いのだな


10 :名無しさん 26/11/04 03:23 ID:nDiWIqvQ2t (・∀・)イイ!! (1)
 江戸時代の日本美術は、桃山時代から受け継いだ伝統を基盤としながら、幕府や大名の庇護を受けた絵画、都市の町人文化から生まれた浮世絵、京都を中心に発展した装飾画や写生画、中国・西洋の影響を受けた絵画など、多様な方向へ発展した。政治・経済の安定と都市文化の成熟によって、従来の貴族や武士だけでなく、商人や一般庶民も美術の重要な担い手や鑑賞者となった。

 江戸初期には、岩佐又兵衛が『伊勢物語 鳥の子図』などに見られる個性的な人物描写や風俗表現によって、後の浮世絵につながる表現を展開した。菱川師宣は『見返り美人図』などの美人画を通じて浮世絵の成立に貢献した。やがて木版画の技術が発展し、鈴木春信の『雪中相合傘』に代表される多色摺りの錦絵が登場する。鳥居清長は『美南見十二候』などで長身の女性を描き、喜多川歌麿は『ポッピンを吹く女』などの美人画で女性の表情や心理を巧みに表現した。東洲斎写楽は『三世大谷鬼次の奴江戸兵衛』などの役者絵において、歌舞伎役者の個性を大胆に描き出した。その後、葛飾北斎は『冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏』、歌川広重は『東海道五拾三次之内 庄野 白雨』など、風景画の分野で世界的にも知られる作品を生み出した。歌川国貞は『当世三十弐相』などの美人画や役者絵で人気を博し、歌川国芳は『相馬の古内裏』などの大胆な武者絵や戯画によって浮世絵の表現を広げた。浮世絵は庶民の娯楽として普及しただけでなく、後にヨーロッパの印象派などにも影響を与えた。

 一方、武家社会の公式な絵画を担ったのが狩野派である。狩野探幽は『桐鳳凰図屏風』などに見られる簡潔で洗練された画風によって江戸狩野派の基礎を築き、幕府の御用絵師として重要な地位を占めた。また、京都では俵屋宗達が『風神雷神図屏風』などによって装飾性豊かな絵画を生み出し、その表現は尾形光琳の『燕子花図屏風』へと受け継がれた。さらに酒井抱一は『夏秋草図屏風』などを通じて琳派を江戸で復興させ、弟子の鈴木其一は『朝顔図屏風』などで大胆な構図と鮮やかな色彩を追求した。この琳派は、狩野派のような厳格な師弟関係や組織を基本とする流派とは異なり、過去の優れた作品に私淑し、その美意識を受け継ぐという特徴を持っていた。


11 :名無しさん 26/11/04 03:23 ID:nDiWIqvQ2t (・∀・)イイ!! (1)
 18世紀には、従来の画法にとらわれない独創的な絵画も数多く登場した。円山応挙は『雪松図屏風』などに代表される精密な写生画によって円山派を創始し、弟子の長沢芦雪は『白象黒牛図屏風』などで大胆な構図と奇抜な発想を発揮した。伊藤若冲は『動植綵絵』において動植物を驚くほど緻密かつ鮮やかに描き、曾我蕭白は『群仙図屏風』などで強烈な色彩と奔放な筆遣いを見せた。こうした画家たちは、現代ではしばしば「奇想の画家」と総称される。また、中国の文人文化に憧れた画家たちによって文人画(南画)も発展した。その代表者である与謝蕪村は、俳人としても著名であり、『夜色楼台図』などに詩情豊かな山水画を残した。

 さらに、鎖国下でも長崎などを通じて西洋の絵画技法や科学知識が伝わり、洋風画という新たな表現が生まれた。司馬江漢は『不忍之池』などの銅版画や油彩画を制作し、西洋の遠近法や陰影法を取り入れた。亜欧堂田善は『浅間山図屏風』などにおいて、西洋の空間表現と日本の伝統的な屏風絵を融合させた。幕末から明治にかけては、河鍋暁斎が『枯木寒鴉図』などで卓越した写実性とユーモアを発揮し、月岡芳年は『月百姿』などの歴史画や美人画によって浮世絵の伝統を近代へとつないだ。なお、この時期には池大雅、谷文晁、呉春、小田野直武、佐竹曙山など、選択肢の24名以外にも重要な画家が活躍している。

 この時代の日本美術は、伝統的な技法や様式を継承しながら、庶民文化の発展、自然観察の深化、海外文化の受容などを通じて多彩な展開を遂げた。絵画表現の可能性が大きく広がった、日本美術史上きわめて重要な時代である。


12 :名無しさん 26/11/04 05:50 ID:4A5ismD2wz (・∀・)イイ!! (3)
>>2
いいねえ〜
コソアンでレコメンドされるこういう情報、地味にありがたがってるw


13 :名無しさん 26/11/04 07:02 ID:o6GpNhXZOR (・∀・)イイ!! (1)
氷図屏風(大英博物館所蔵)


14 :名無しさん 26/11/04 08:40 ID:bKX6ZX5Lto (・∀・)イイ!! (0)
好きな絵師は特にいませんが、名前を知っているのは、葛飾北斎、狩野探幽、円山応挙、尾形光琳だけです。
絵は見たことがあっても、作者の名前を知らない場合が多いです。


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