この結果は、アンケートが終了する、明日 19時30分まで見れらません。
回答すれば途中結果を見られます。
ID:BHLlwA,y5w
(・∀・)イイ!! (2)
もしも桶狭間の戦いで織田信長が負けて信長も秀吉も討ち死していたら、今川義元が天下をとっていたのだろうか?
選択肢: 1:ちょっと! 何言っているのか分からない! 2:今川義元が天下をとっていた 3:今川義元以外の誰かが天下をとる 4:誰も天下をとれない。戦国は続くよ。どこまでも 5:歴史にifはない 6:テレビ見てろ 7:モリタポ
合計回答数: 198人 / 198個
このアンケートと年齢、性別、出身都道府県、居住都道府県でのクロス集計を見る
このアンケートへのトラックバック用URL: http://enquete.razil.jp/tb.php/124236

- 2 :名無しさん 26/03/21 20:48 ID:uBNqMz-yqK
(・∀・)イイ!! (1) - もしも桶狭間の戦いにおいて織田信長が敗れ、さらには豊臣秀吉までもが討ち死にしていたとしたら、その後の日本史はどのように展開したであろうか。一見すると、勝利した今川義元がそのまま上洛し、畿内を制圧して「天下人」となる未来が思い浮かぶかもしれない。しかし、実際にはそう単純な話ではない。むしろこの仮定のもとでは、「誰も天下を取れない」という混沌の長期化こそが最も現実味のある帰結である。
まず前提として、今川義元の勢力は確かに当時としては有力であったが、それはあくまで駿河・遠江・三河を基盤とした地域大名の域を出ない。上洛を目指すにしても、尾張を制圧した後には美濃の斎藤義龍(あるいはその後継者)、さらには近江・畿内に割拠する六角氏や三好氏といった有力勢力との対決が待ち受けている。しかも当時の戦国大名たちは、それぞれが独自の権益と軍事力を持ち、中央権力の空白を背景に自立していた。仮に義元が尾張を制圧できたとしても、その先に待つのは消耗戦の連続であり、電撃的に天下を掌握できるほどの圧倒的優位を持っていたわけではない。
さらに重要なのは、信長という存在が消えることで、日本史における「統一への加速装置」が失われる点である。信長は楽市楽座や鉄砲の集中的運用といった革新的政策により、単なる軍事的勝利にとどまらず、戦国社会の構造そのものを変革した人物であった。その後を継いだ秀吉もまた、刀狩や太閤検地によって全国支配の制度的基盤を築いた。これらの連続した改革があって初めて、日本は「統一国家」へと収斂していく。しかしその両者が早期に消滅した場合、このような急進的変革は起こらず、各地の大名は従来通りの分権的な秩序の中で抗争を続けることになる。
この状況では、後に江戸幕府を開く徳川家康の運命も大きく変わる。そもそも家康は今川家の人質として青年期を過ごし、その後独立して勢力を拡大したが、信長との同盟関係があったからこそ三河・遠江の基盤を安定させることができた。もし義元が生存し続け、今川家が強大なままであったならば、家康は独立の機会を得られなかった可能性が高い。あるいは義元死後の今川家の内紛に巻き込まれ、歴史の表舞台から消えていたかもしれない。いずれにせよ、後の江戸幕府成立へと至る道筋は完全に断たれる。
- 3 :名無しさん 26/03/21 20:48 ID:uBNqMz-yqK
(・∀・)イイ!! (1) - こうして日本列島は、強力な統一者を欠いたまま、無数の大名が争い続ける「戦国状態」を長期にわたり維持することになる。統一国家の成立が遅れるということは、外交・軍事・経済のいずれにおいても中央集権的な対応能力を欠くことを意味する。そしてこの遅れは、やがて決定的な形で露呈する。すなわち、19世紀の黒船来航である。
実際の歴史においては、江戸幕府という統一政権が存在したからこそ、日本は一定の統一的意思決定のもとで開国と近代化に舵を切ることができた。しかし仮に戦国状態が続いていた場合、各地の大名はばらばらに欧米列強と接触し、利害の対立から統一的な対応を取ることができないだろう。ある大名は軍事的保護を求めて外国勢力に従属し、別の大名はそれに対抗して別の列強と結ぶ、といった事態が連鎖的に発生する。結果として日本列島は、インドや東南アジアのように列強の勢力圏に分割され、「共同統治」の名のもとに実質的な支配を受けることになる可能性が高い。
この帰結においては、「日本」という統一国家の概念そのものが成立しない。言語や文化は部分的に残るにしても、政治的主権を持つ国家としての日本は存在せず、私たちが現在享受しているような安定した社会や国家的アイデンティティは形成されなかっただろう。近代国家としての日本の成立は、まさに戦国時代の終結と、その後の中央集権化の成果に他ならないからである。
このように考えると、歴史の皮肉とも言うべき結論に至る。すなわち、桶狭間で敗れ去った今川義元こそが、結果的には日本の統一と存続に寄与した存在であった、という逆説である。もし彼が勝利していたならば、統一は遠のき、日本は分裂したまま外圧に屈していたかもしれない。ゆえに私たちは言うべきなのだろう。ありがとう今川義元、と。あなたの敗北があったからこそ、後の統一が可能となり、私たちはいま一つの国として暮らしているのだと。そしてその功績は、勝者たちの栄光の陰で、静かに、しかし確かに歴史に刻まれているのである。
- 4 :名無しさん 26/03/21 22:29 ID:Ep6.-FNOGP
(・∀・)イイ!! (1) - 信長の野望で織田なしスタートだと北条が有利だったような覚え
伊達と西国は遠すぎて間に合わない
板に戻る 全部 前100 最新50