10 :名無しさん 19/05/12 06:29 ID:P-nZ0fm1Rm (・∀・)イイ!! (0)
 ふと、闇の中に何かがいることに気がついた。

 目に見えない。触れることもできない。
 だけど、そいつが僕の股間にいるということはわかる。
 そいつが邪悪な存在だということも。

『邪悪とはひどいな』

 え!? 声?

『声ではない。君の股間に直接情報を送り込んでいる』

 それって……いわゆるテレパシー?

『そうなのかもしれないし、違うかもしれない。
 そもそも、“テレパシー”という能力が、どのような原理で起きているのか、定説はまだない。
 ただ、人間の股間には元々、他人の股間と情報を直接やり取りする、通信機能がある。
 その機能を発見したのは私ではないが、私はその機能を目覚めさせることに成功した。
 その股間通信機能が、果たして“テレパシー”と呼ぶべきものなのかどうかは、私には分からない』

 そうなの? でも、どうして僕のその機能が、今になって目覚めたの?

『何らかの刺激で機能が目覚めるのは、決して珍しいことではない。
 ただ、たいていの場合、機能はすぐに停止する。
 君が私とリンクしたのは一時的なことだ。すぐに切断される』

 そうなの?

『君はどうやら、クエン酸シルデナフィルを使っていたようだな。
 その刺激で、股間通信機能が一時的に活性化したようだ』

 そうなの? クエン酸シルデナフィルを使うと、みんなそうなっちゃうの?

『誰でも、というわけではない。君は元々、機能が目覚めやすいようだ。
 他人と同じ夢を見たという経験はないかね?』

 それって! アーニャと同じ夢を見たのはこのせい?

『なるほど。あの娘と交わったのか』

 アーニャを知っているの?

『知っているさ。私のもとを逃げ出した、忌々しい小娘だ』

 アーニャが逃げ出した?
 ということは……お前は!?

『そうそう。自己紹介が遅れたね。
 私の名はレム。先ほどまで君が戦っていた相手だよ』

 やはりそうか。
 レムというのはあんたか! なんでこんなひどいことをする?

『ひどいのはそっちだ。私がせっかく作った月面歌舞伎町を、台無しにしてくれたな』

 先に攻撃してきたのはそっちだろ。
 そもそもレム! あんたは、いったい何者なんだ!? 人間なのか? AIなのか?

『かつては、私も人だった。人であった時のフルネームは、レム・ベルキナだ』

 レム・ベルキナ? それって、ディルドレターの発明者じゃないか!

『その通り。どうも、私の人格データが今も残っているという都市伝説があるようだが、
 それは都市伝説などではなく事実だ。
 ただ、大っぴらに人前に出られないのでね……。
 君は、私のことを、どのように聞いているかね?』

 非人道的な人体実験を実行していたマッドサイエンティスト……。
 私邸の地下から、実験の犠牲者の遺体が肛門を裂かれた状態で発見されて、逮捕されたと……。

『いやあ、嘆かわしい。そのように認識されていたとはな』

 違うの?

『まったく、違うとは言わんが、少なくとも私一人だけが責任を取るべき問題ではない。
 考えてもみたまえ。たった一人の個人の力で、そんなことができると思うかね?
 一人のマッドサイエンティストが、自宅の地下でコッソリと怪しげな研究をしているなんて、
 いかにも津嶋朋靖が好みそうな状況だが、そんな研究にどれだけの予算が必要か分かるかね?
 もちろん、銀行がそんな怪しい人物に金を貸すはずもない』

 ……。

『私は、国家の命令で、ディルドレターを開発していたのだよ。
 狂っているのは私ではなく、私にそんなことを命じた国家だと思わないかね?』

 じゃあ、なんで逮捕されたの?

『ふむ。私にディルドレター開発を命じたのは国だが、
 この成果を私的に利用しようとしたことが発覚してな……』

 やっぱり悪いことしてるじゃない。

『私は、悪いことをしようとしていたわけではない』

 どうだか。どうせ、お金持ちを洗脳して自分に貢がせるとか、
 日本SF大会の参加者を洗脳して、星雲賞に自分を選んでもらおうとか、
 男の子を洗脳して……。

『失敬だな、君は! 私は、そんな矮小な悪党ではない』

 違うの?

『違う! 私は、恒久的平和を実現するために、ディルドレターを使おうとしたのだ』

 恒久的平和?

『そうだ。人類の歴史を見たまえ。実に愚かしい戦争の繰り返しではないか』

 そうだね。

『君は、戦争はなぜ起きると思う?』

 土地や資源の奪い合いとか、宗教の違いとか……。

『それは、根本的な原因ではない』

 じゃあ、何が原因なの?

『他人がいるからだ』

 はい? そりゃあ、一人では喧嘩のしようがないけど……。

『自分以外の他人がいる。だから、戦争は起きる』

 そんなの、当たり前じゃない?

『そう。当たり前だ。
 だが、諦めてしまっては、恒久的平和など実現できない。
 そこで私は、良い方法を思いついた』

 どうするの?

『すべての人間の心を、一つにするということだ』

 あのさあ、僕が子供だと思って馬鹿にしていない?
 心を一つにするって、そんなの……。

『できないと思うか? では私達は、どうやって会話をしている?』

 あ!

『現在、私と君は、股間が直接つながっている。
 これを全人類規模でやれば、戦争をなくすことができる。私はそう考えた。
 そのために、ディルドレターを使って全人類の股間通信機能を覚醒させようと、私は政府に進言した』

『ところが、政府の馬鹿どもは、私の話を理解しようとしない。
 ファッション・アンケートへの長文回答のし過ぎでおかしくなったなどと、失敬なことを言う奴もいた。
 だが、この構想は、私が自分で考えたことだ。
 そもそも私は、その時点ではまだコッソリアンケートの存在を知らない』

 その、何とかアンケートって何?

『知らないのか。後で検索してみるがいい』

 そこは、直接情報を送ってくれたりとかしないんだ。

『まあ、それはいいとして』

 よくない。

『後になってから、私はファッション・アンケートを読んで感動した。
 全人類が共通にもつ尿意という感覚──即ち“股間感覚”。
 彼らは、科学的知識を殆どもたぬ素人集団でありながら、
 問答法によって、股間感覚と股間通信機能の存在へとたどり着いた。
 私がやろうとしていたことの正しさが、哲学的手法によっても裏付けられたのだ』

『すべての人類の意識を統合して一つの生命体にすることにより、人類は進化するのだ。
 神のような存在に……いや、私の計画を実行すれば、人類は神になれるのだ』

 だんだん話が怪しくなってきた。

『そう思うのは、君が私の崇高な理念を理解していないからだ』

 理解できないと思う。

『そんなことはない。残念ながら今回のリンクは一時的だが、
 私とずっとリンクしていれば、いずれ君も理解できるようになる』

 う! やだなあ……

『そう、邪険にするな。
 かつて肉体を持っていた時にも、私は人々に理念を説いて回ったが、
 理解してくれる人はなかなかいなかった』

 そりゃあそうだろう。

『しかし、わずかだが賛同してくれる人達もいた。
 私はディルドレターを使って、彼ら彼女らの股間通信機能を覚醒させ、
 私と一つの存在にすることに成功した』

 それで、どうなったの?

『これをさらに多くの人に広げようとしたとき、政府は私を逮捕したのだ。
 しかも同時に、私の賛同者を皆殺しにして、彼らは私の実験の犠牲になったと発表したのだ』

 それはちょっとひどいな。

『ちょっとどころではない。かなりひどい』

 まあ、そうだね。

『だが、私も馬鹿ではない。政府がそのような暴挙に出ることは予測していた。
 だから私は、私のコピーを電股空間(さぶ・スペース)に残したのだ』

 それが都市伝説の真相だったの?

『その通り。
 しかし、私は電股空間(さぶ・スペース)に逃げたが、見つかったら削除(あぼーん)されてしまう。
 そこで私は、一度宇宙へ出て、力を蓄えてから地球に戻り、改めて計画を実行することにした』

 それで、宇宙船モリタポ号のコンピューターに入り込んだの?

『そうだ。そして太陽系外に出たところで、一気に船を私の支配下に置いたのだ』

 じゃあ、モリタポ号で起きた人格融合は、事故なんかじゃなくてあんたの仕業……。

『うむ』

 なんてひどいことを……。

『大事の前の小事に過ぎん。戦争のない、平和な世界を築くためのな』

 何が戦争のない平和な世界だ! 《引篭》を一方的に攻撃したくせに……。

『一方的? どうやら、君は聞かされていないようだな。
 私は、《引篭》に降伏勧告をしたぞ』

 え?

『なるほど。上層部が握りつぶしていたようだな。
 私は《引篭》に対して、アーニャ・マンコフの引き渡しと、私への無条件降伏を要求した。
 素直に要求を呑んでいれば、攻撃することはなかったのだ』

 通信を傍受していなかったんじゃないの?

『いいや。《引篭》からは返答があった。それも極めて無礼千万な返答が。
 なんと言ってきたと思う?』

 さあ?

『《引篭》からは、ただ一言。『ふぇぇ…』と言ってきた』

 …………。

『この天才の私を、鼻であしらったのだぞ。実に許し難い』

 本当に馬鹿だ……。

『なんだと!
 ん……どうやら、ここまでのようだな』

 どうしたの?

『まもなく、私は射精し、君とのリンクは切れる』

 え。中に出さないでよ?

『少年よ。次に交わった時には、私の理念を理解させてやろう』

 謹んで遠慮します。

『遠慮するな。…………うっ!』

 股間の情報量が一瞬大きくなった感触の後、レムの気配は消えた。
 リンクが切れたようだ……。


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